●第11回 VIDEO ACT! 上映会 『以毒制毒宴』

プライベート・ドキュメンタリーが生まれる社会

 

粥川 準二

「99年夏、何か幸せなものが撮りたいと思って取り始めた映像です」

 23歳の監督・二宮正樹が撮った映画『以毒制毒宴』は、監督自身によるそんなナレーションから始まる。5月25日に飯田橋で開催された第11回 VIDEO ACT! 上映会「プライベート・ドキュメンタリーが生まれる社会」では、この映画が上映され、参加者たちをまじえたディスカッションが開かれた。

 監督である「僕」、兄、父、母の紹介とともに、音声チェックの音が続き、本人による素人っぽいナレーションが始まる。どこかフィルムっぽい質感の映像だなと思っていたら、後でフィルムによる撮影だと教えてもらった。

「これは僕と僕の家族のごくありふれたドキュメンタリーです」

 母親は兄の借金を返すために働いている。兄はある時期から家庭内で暴力を振るうようになったという。さらには多額の借金。家財道具まで質に入れられてしまった。

 一方、監督である「僕」も高校を中退、専門学校も中退。兄から受けてきたいじめの影響もあり、「僕は人に嫌われ続けている」と「僕」は言う。

「僕」は父親にインタビューする。「見守っていかなければ」と言う父親に対し、「僕」は「僕から見れば、無視しているように見える。お母さんにまかせっきり。悩んでいる度合いはお母さんのほうがでかいと思う。怒るなら怒るとか、そういう意志表示がない」と問いつめる。「育児に対して無責任だと思ったことない?」。

 その一方、「僕」はこう自問する。「こんなことをやって何になるんだろう」……いま、こうして映画を撮っていることだ。

 画面はゆらめく炎を映す。兄の罵声。それに必死で答える母の声。音声だけが「僕」の家族のいさかいを伝える。

 母親は「小さいときはすごくよかったよね。いまはなんで私がこんな目にあわなければならないの。これが本音。結婚しなければよかったとも思った」とカメラの前でその心情を吐露する。

 映画は「僕自身が立ち直るための足がかりでもあり、兄を立ち直らせるための呼びかけでもある」という監督のナレーションで終わる。

 上映後、『新しい神様』監督の土屋豊の司会で、同主演の雨宮処凛をまじえ、トークが行なわれた。土屋は、近頃の「自伝ブーム」を指摘しつつ、二宮に問いかける。

土屋「映画を撮ろうと思ったのは、カミングアウト?」

二宮「……そういうのもあります。そのころは、映画のように、喧嘩が毎日のようにあって、鬱々と過ごしていたのですけど……。映画の題材としては、多少『あり』じゃないですか」

土屋「『出しちゃいたい』みたいな?」

二宮「はい」

 土屋と同じく、僕も最近の「自伝ブーム」「トラウマ告白ブーム」は気になっていた。いじめを克服した弁護士や性遍歴豊かな女性タレントの自伝がベストセラーになる一方、テレビでもインターネットでも、自分のトラウマをカミングアウトしている人を見つけることは、きわめてたやすい。いや、それどころか、「バラ色の人生」なんて番組が民放で放映されていたりして、人々の「誰にもいえない過去」や「トラウマ」はすでに商品化されている。二宮の映画でも、いじめや家庭内暴力など、一般的に人には言いにくいことがそれなりに描かれてはいるのだが、社会に広く存在するいじめや家庭内暴力とはまるで無関係のように語られているのは気になった。二宮は、土屋とのトークで、

「見るたびにいやな汗をかく。それまで高校中退などは隠していたのですけど……」

 と言う。おいおい、上映会は自助グループじゃないぞ。優しい言葉をかけてもらえるとでも期待しているのか。また二宮は、

「テレビとは違うように自分なりに演出した」

 と言うが、それは演出上のことだけで、自分と自分の作品がすでにブームの中にとけ込んでしまっていることに彼は気づいていない。

「私小説みたいで新鮮だった」

 という参加者の感想に対して、土屋は、

「実は、そういうのは自主上映の世界では多い。なぜプライベートなドキュメンタリーが増えてきたのだろう? たとえば『ファーザーレス』もそうですよね。家族やプライベートなことをドキュメンタリーにすることしか物語になりえないのか? 外部をとらえたものがない」

 と言う。僕も同感だ。きわめて重要な問いかけだと思う。しかし、二宮もほかの参加者も、この問いかけには答えなかった……。

 実際のところ、社会問題を扱った堅い本は売れないし、テレビでも社会的な問題を扱ったドキュメンタリーのための予算は減らされていると聞く。二宮は、

「政治的なことなどは悩みに上がってこない。だから家族のことを撮った。政治とか環境とか、それがリアルに感じられるなら、それをやったと思うけど」

 と言う。二宮が土屋や雨宮、参加者たちと話しているのを聞いていると、この世界には、悩みを抱えている人々がいるだけで、社会問題なんて一つも存在しないんじゃないかという気がしてくる。個人情報保護法案もハンセン病訴訟もポピュリスト政治家も、二宮のような表現者たちにとってはリアルなものではなく、存在していないも同然だ。かくして映画が一つ生まれるだけで、世界は何も変わりはしない。(敬称略)

 

 

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