第17回 VIDEO ACT! 上映会

〜等身大の“老い”(性と介護)をみつめて〜


『男のセレナード』
              (宿谷昭之助 18分) 『迷いの中で』
              (荒井純子 18分) 『老いなずむ』
              (河田茂 19分) 《東京ビデオフェスティバル 入選作品》

報告;小林アツシ


若くて元気なうちはそれほど考える事もないが、やがては確実に自分にもやって
くる"老い"。
僕自身40歳になってちょっとは考える事が増えたものの、いまでも両親は健在だ
し家族や親戚から離れて一人で好きなように生きていると、歳をとることや歳を
とった人の気持ちを考える機会は、やはり少ない。

ビデオアクト上映会では、これまでさまざまなテーマで作られた自主ビデオを紹
介してきたが、このテーマは初めてだった。正直言ってこのテーマではそんなに
人数は集まらないのではなどと失礼な事を思っていたのだが、フタを開けてみる
と約40人が参加し、トークも充実した上映会となった。

スタッフの一人、本田孝義さんが今回の作品を見つけてきたのは、日本最大の映
像コンテストである東京ビデオフェスティバルの入選作品群の中からだった。コ
ンテストの応募者の分布を見ると、実はシルバー世代のビデオ作家の割合が多い
という。その中には写真コンテストのように風景や建物・祭といった「撮影テク
ニック」を披露するような作品も少なくないようだが、自らの"老い"に目を向け
た作品というのもある。今回紹介したのは、そうした作品だ。
『男のセレナード』作品画像

宿谷昭之助さんの作品『男のセレナード』は、妻と死別して老いてなお持ち続け
る自分の「性欲」や結婚相談所で見合いを申し込む自分自身を赤裸々に「告白」
していく。コミカルさとペーソスが漂う表現方法だ。
カット割りがしっかりとされていて、自分自身が登場するカットの撮り方が見事
である。自分の身長を計算に入れたりしながら画面を決めていったと言うが、最
近のカメラのように液晶画面で確認できない機材だったから、おそらく何度も試
行錯誤を繰り返したのだろう。しかし、そうしたテクニックに溺れることなく、
自分を裸にしてさらけ出す表現が作品の力になっている。
『迷いの中で』作品画像

痴呆が始まった自らの母親を撮った、荒井純子さんの『迷いの中で』も貴重な作
品だ。
ボケが始まった頃、撮影するのをやめようかと思ったそうだが、友人に「お母さ
んは今でもキレイよ」と言われ、撮影を続ける決心をしたという。きっと母親も
撮影されているのをわかっていて許していたのだろう。泣きながら編集したとい
うこの作品は、痴呆が進んでいく課程が克明に描かれているのだか、荒井さんと
お母さんの人間味にあふれ、実に暖かい作品になっている。
お母さん、介護している義姉、荒井さん、三人の生き方は、介護や我慢して生き
ることを社会が女性に押しつけ続けているという現実を感じた。その事の是非は
ともかくとして、そうした役割を受け入れ、前向きに生きてきた女性たちの存在
がここにある。
『老いなずむ』作品画像 『老いなずむ』作品画像

河田茂さんの『老いなずむ』は、そのテクニックと知性に圧倒させられる作品だ。
自分が「不能」になったというテーマで自分自身をコミカルに描いている。実は
河田さん、宿谷さんの『男のセレナード』を観て「よし、俺はもっと裸になって
作品を作ってやる」と思ったそうだ。ビデオ作家どうしが刺激し合って傑作が生
まれるというのはエキサイティングで楽しい。

最後に、二次会で印象に残った荒井さんの話を紹介しよう。
お母さんがボケ始めた頃、車イスに乗せて歩くようになったら、それまでお母さ
んを知っていた通りすがりの人が車イスを押している荒井さんには挨拶するのだ
がお母さんには挨拶しなくなったそうだ。無視される事によって痴呆は進行する
という。
時には話しかける人がいても、返事がある事に驚いたり、返事がないと「ダメだ
ね」と言ったりする。お母さんには全部聞こえていて、ただうまく反応できない
だけなのに、「ボケている」と決めつけられてどんなに悲しかっただろうと荒井
さんは言う。
周囲から見離される事によって、「ボケ」が作り出されていくのだ。

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