第19回 VIDEO ACT! 上映会

『もうひとつのアフガニスタン・カーブル日記−1985年』


報告:本田孝義


 9月2日(火)、土本典昭監督の『もうひとつのアフガニスタン・カーブル日記−
1985年』を上映した。
 開場してから出足が鈍く、宣伝不足を感じたり、「もう、多くの人はアフガニスタ
ンに興味をなくしたのだろうか」と思ったり、落ち着かない気持ちだった。
 いざ、上映が始まる頃には35人ほどの人が集まり、とりあえずほっとする。
 今回上映した『もうひとつのアフガニスタン・カーブル日記−1985年』について、
私は製作過程の話を時々耳にしていた。土本典昭監督と言えば、水俣を撮った一連の
作品で、世界にその名を知られたドキュメンタリー映画の大御所だ。その土本監督が
1989年に発表したのが『よみがえれカレーズ』という、アフガニスタンを撮ったド
キュメンタリー映画だ。発表当時、この作品の評価をめぐって芳しくないものがあっ
た、と聞く。しかし、2001年9月11日のアメリカでのテロ、それに続くアメリカのア
フガニスタンに対する攻撃の中で、『よみがえれカレーズ』という映画が再注目され
るにいたった。監督としては複雑な心境であったろう。しかし、時を隔てて作品の真
価・評価が立ち現れてくるのも、ドキュメンタリー映画のおもしろさである。
アフガニスタンの子供たち

 『もうひとつのアフガニスタン・カーブル日記−1985年』を製作していると聞い
て、正直言って、私は「なんでいまさら」という気が少ししていた。『よみがえれカ
レーズ』に使われなかったフィルムを再編集している、と聞いていたからだ。ドキュ
メンタリー映画においては、実際に作品に現れないカット、シーンが膨大にあること
は、経験上知っている。しかし、使われなかったのはそれなりの理由があるからで
あって、通常、日の目を見ないものだ。この間の土本監督のアフガニスタンに対する
思いを見聞きしてきても、上記の疑問を感じていた。
 そんな猜疑心を抱きながら、ビデオを見る。ビデオの冒頭、1970年代以後の日本の
新聞がアフガニスタンについて何を報じていたのかが執拗に映し出される。映像とし
てはあまり見栄えがいいものではない。しかし、土本監督が驚くべき丁寧さでスク
ラップを集めていたことに胸を打たれ、なぜ、土本監督がアフガニスタンに興味を
持っていったのかが伝わってくる。
 1985年のカーブルが映し出される。上映中は、うっかりしていて気づかなかったの
だが、本作品は『よみがえれカレーズ』が撮影された時期とは異なっている。『よみ
がえれカレーズ』は、1988年、ソ連軍の撤退後を映し出した作品だったが、本作品
は、まだソ連軍が進駐していた時代である。そういう意味でも、『よみがえれカレー
ズ』の未使用フィルムを使った、というのは正確ではない。1985年に訪問した時に撮
影したフィルムであることを後で知った。(そもそもタイトルに、1985年とあるでは
ないか。自分の無知を思い知る。)

 時代は、社会主義革命後、民主共和国時代。賑わうバザールの様子や、生き生きと
した表情の人々が映し出されていく。特に土本監督が注目しているのが、教育だ。
「字が読める」ことを当たり前のように思っているこの日本からだと想像が難しいか
もしれないが、「識字率の上昇」は、国の発展の基礎になるものだ。1985年のアフガ
ニスタン・カーブルの学校では、国の発展というだけではなく、目をきらきらさせて
学ぶ子供達の姿が印象的だ。
 もうひとつ、土本監督が注目しているのが、女性たちである。2001年のアフガニス
タン攻撃後、いかにタリバンが抑圧的だったかが強調される中で、ブルカを被った女
性たちがさかんに取り上げられていた。しかし、この1985年、すなわちタリバン登場
以前、ブルカも被らず、男性達と同じ教室で学び、街頭を歩く姿に、どこか喜びが感
じられる。
 語りかけるような土本監督のナレーションは、客観的な説明ではあっても、この時
代のアフガニスタン、特にカーブルに民主主義が芽生えていく息吹に新鮮な感動と、
社会主義革命への希望を感じ取っていたことが伝わってくる。いつしか、見る前に感
じていた猜疑心はふっとんでしまい、紛れもなく、これは土本典昭の監督作品だと感
じていた。
 思えば、本作の冒頭にあったように、当時の日本の報道の多くは、アフガニスタン
を「ソ連の傀儡」として描き、アフガニスタンそのものを見ようとしていなかったの
だろう。

 上映後、土本監督の話を聞く。諸般の事情で、撮影時の音声が失われてしまってい
た。しかし、無音のフィルムを凝視しながら、再び映画の始原・リュミエールの時代
を想起しながら編集を進めた話は感動的ですらあった。そして、何気なく見過ごして
いた民衆の表情が、時に磨かれ、そのことを再発見していく過程がこの作品の成立に
つながることを語られた。また、製作過程では、ビデオのノンリニア編集に助けられ
たことも付け加えておられた。
 観客からは、やはり1985年後のアフガニスタンについて質問が相次いだ。当たり前
の話であるが、土本監督はアフガニスタン、あるいはイスラムの「専門家」ではな
い。しかし、こういう作品を発表するバックボーンとして感じていることを明晰に語
られる。特に、イスラムについてもっと知るべきだ、という言葉が印象的だった。ま
た、この作品をこれからのアフガニスタンの国づくりに役立てて欲しい、とも語って
おられた。(すでに英語版を同時製作し、アフガニスタンに送ってあるそうだ。)
 本作は『回想・川本輝夫』に続いて、“私家版”と銘打ってある。本の自主出版に
ならって、親しい方々にお分けする、という意味合いが込められている。同時に、ご
本人は「広く商業的に見せられるものではない」ともおっしゃっていた。これは謙遜
だ。確かに、新たに撮影した、正確な意味での“新作”ではないだろう。しかし、盆
百のドキュメンタリー映画が太刀打ちできない魅力を備えていることは間違いない。
 最後に、自主制作、特に一人で作品を作ることの危うさを語っておられた。製作中
も製作後も、いろんな人といろんな議論をすることが大切だ、とおっしゃった。私達
の上映会も、とかく独りよがりになりがちな自主制作ビデオをいろんな人たちで見
て、いろんな話をすることを目指して続けている。今後もそういう場を持ち続ける意
味を感じた言葉だった。
映画同人シネ・アソシエ (土本典昭仕事部屋改め)



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