一本目は早稲田大学を卒業したばかりの渡辺崇監督が手がけた作品『私をせかさんとい
て!』(2002年 45分)。京都で不登校の少女を主人公にした『チェンジ』というタイトル
の劇が上演される。この劇は「大学の授業を考える会」を主宰するジャーナリストである
原孝氏がプロデュースしたもので、京都造形芸術大学の通信教育課程で学ぶ社会人学生と、
通学部で学ぶ若い学生達が共に参加しており、出演者は幅広い年齢層から構成されるのだ
が、その中で主人公の少女を演じるのは長住亜美さん。ドキュメンタリーは基本的に、劇
の本番を迎えるまでの彼女を巡って展開してゆくのであるが、実は彼女自身も不登校の経
験者で、最初に入学した高校を一年で中退。その後別の高校に入り直し、今にいたってい
る。
不登校の少女というと暗いイメージを抱きがちだが、亜美さんはいたって明るい。両親
も同様で、家庭内では、親子が同じ目線で話をするよう心がけているという。亜美さんの
両親には何ら押し付けがましいところは見られず、張り詰めた空気も感じられない。この
ような家庭で育った子供が本当に不登校になるものかと疑いたくなるほどである。
それだけに興味深いのは、亜美さんが最初の高校に嫌気がさすに至った経緯である。あ
る時、亜美さんと同級の女子生徒たちが、地面を這う蟻を靴で踏み潰してしまったのだが、
彼女らはそれを面白がって騒いでいたという。亜美さんはそれに深い嫌悪感を覚え、彼女
らと距離を置き始める。やがて彼女はクラス内で疎外されるようになり、中退に至ってし
まう。亜美さんと同級生達と、どちらが健康的といえるだろうか。蟻を踏み潰して面白が
る同級生達に反感を覚えることができたのは、亜美さんが不必要な緊張感のない、子供の
内面を尊重してくれる明るい両親や家庭の中で成長できたからではなかったのか。またそ
のような家庭だからこそ、亜美さんは不登校を半年ほどで克服し、新しい高校に入学する
ことができたのではなかろうか。
だからだろうか、亜美さんは両親に気を遣っている。本当は進学したいのだが、家の経
済事情を考え、悩んでいる。しかし父親は、亜美さんも働くことを条件に、進学を快く認
めてあげるのである。
しかしこのドキュメンタリーは単に亜美さんの動きを追っただけの作品ではない。あり
がちな指摘かもしれないが、これは作品を通して亜美さんと向き合った監督渡辺崇の成長
の記録でもある。今回ある家族を取材対象とすることで、渡辺自身も必然的に自らの家族
の事を振り返る事となったわけだが、その彼の育った家庭は、亜美さんの家とは対照的に、
親と子の上下関係がはっきりしており、両者の間には常に緊張感があったという。そうし
た家庭で育つ中、いつしか彼は何かにつけ親の顔色を窺うようになり、大学卒業にまで至っ
たが、彼は就職をしなかった。「今まで自分は親の顔色を窺いながら、その期待に応える
ことに汲々としてきたが、もうこれでその期待も果たし終えたと思う。これが僕の初めて
の不登校です。」と屈託なく語る監督渡辺の姿が何ともいじらしくて仕方がなかった。
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