第28回
VIDEO ACT! 上映会
〜治安維持法/共謀罪〜
上映会報告

『横浜事件を生きて』

報告文:本田孝義
4月28日、第28回目となるVIDEO ACT!の上映会は、飯田橋の東京ボランティア・
市民活動センターで行われた。約30名ほどの参加者が集まった上映会は、少し緊
張した雰囲気で始まった。なぜなら、今回の上映会は「治安維持法/共謀罪」と
名づけており、かつての言論弾圧事件「横浜事件」から現在議論にのぼっている
共謀罪について考えてみたい、という上映会の企画意図があったからだ。そして、
この日、国会審議で共謀罪が「強行採決か」という情報が流れており、上映スタッ
フ、ゲスト、観客の方々も今日の国会審議がどうなったか、まず気にしていたの
だ。4月28日の強行採決はなかったのだが、5月11日現在、予断を許さない状況に
あることには変わりがない。
『横浜事件を生きて』は、1990年にビデオプレスが制作した作品だ。VIDEO ACT! 
の上映会では、新しい作品を上映することが多いのだが、今回は上記のような状
況や、横浜事件の再審裁判が行われていることもあって、上映することになった。
ビデオはまず、制作当時存命中だった木村亨さんが力強い声で講演している姿が
映し出される。そして、後に治安維持法違反の証拠とされた写真が撮られた富山
県の旅館が紹介される。雑誌の編集者らによる慰安旅行の記念写真が共産党再建
準備会の証拠とされたわけだ。木村亨さんの姿も写っている。少し解説を加える
なら、戦前・戦中は共産党(あるいは共産主義的活動)が徹底的に弾圧されてお
り、言論・表現の自由は存在しないに等しかった。そして、木村さんをはじめ、
多数のジャーナリスト、知識人が逮捕された。横浜で取り調べが行われたことか
ら、この言論弾圧事件が「横浜事件」と言われている。今、取り調べと書いたが、
現実は、特高警察による拷問であった。木村さんの口から語られる拷問の様子は
すさまじいものだ。死亡者もでた。そして、木村さんらは「自白」した。自白と
は自ら述べることのはずだが、無理やり罪を認めさせられたのだ。ここで、ビデ
オは現在も続く「代用監獄」の問題に焦点をあてる。上映後のディスカッション
でも質問が出ていたが、警察署内の留置場に逮捕者を拘束しながら行われる取調
べは、自白を強要されるものとして問題視されている。戦中の拷問から地続きの
問題がここにある。この作品の白眉とも言える場面は、木村さんを拷問したかつ
ての特高警察官が生きており、「職務を全うしただけ」と電話で答え、その声を
木村さんが聞く場面だ。木村さんは「生きておったか」と小さくつぶやき、「こ
ちらが弱かった」と自答するのだ。私は、この言葉が現在にも突き刺さる木村さ
んの遺言のように思えてならなかった。
横浜事件は、敗戦後のどさくさに紛れて有罪が確定してしまった。そこから再度
裁判を開くよう求める再審請求の闘いが始まっていく。闘いの中で、関係者は亡
くなってしまうが、遺族がその意思を受け継ぎ、運動が続けられた。戦後60年も
経って、ようやく2005年10月再審が横浜地裁で開かれ、12月には上記の『横浜事
件を生きて』も法廷内で上映された。そして、2006年1月9日、「免訴」というき
わめてあやふやな判決が下された。今回の上映会では、この判決前後の『再審裁
判ドキュメント』も上映した。免訴とは私も聞きなれない言葉だったのだが、要
するに有罪・無罪を決めずに、裁判の手続きを打ち切る、ということだ。当然、
遺族側は控訴した。
上映後のディスカッションでは、現在進行形の「共謀罪」についても話がつながっ
た。『横浜事件を生きて』の中で、木村亨さんは「人権は勝ち取るものだ」と述
べている。数年前には考えられなかったほど人権を狭め削り取っていく法律が次
々に成立している。私がこの日の上映を見ながら薄ら寒くなったのは、悪法と言
われる「治安維持法」ですら、もしかすると現在では「治安維持」という、多く
の人が抗いがたい言葉として復活しつつあるのではないかということだった。
「共謀罪」の目指すところは「治安維持」に他ならない。こんな法律が議論され
ることすら予想だにしていなかったであろう、木村亨さんの言葉、「こちらが弱
かった」には、こんな法律を許してしまう私たちの「弱さ」をも指摘しているは
ずだ。重大な時代の岐路に居ることを考えさせられる上映会となったと思う。


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